10years STORY これまでの10年、これからの10年

阪神タイガースが18年ぶりのリーグ優勝を遂げた平成15年。熱狂で湧く大阪に、ひとつの会社が産声をあげた。その名はおおきにビル(旧 フィート)。たった2名で立ち上げられたこの不動産会社が、この10年間どういった道のりを辿り、そして次の10年間でどこに向かうのか。代表取締役である植松の言葉を通して、紐解いていく。

これまでの10年:【起業・ターニングポイント】自分で立てたハードルだから、しんどいのは当然

株式会社おおきにビル(旧 フィート)を起業したのはなぜですか?

うーん、なんででしょうね。やっぱり「自分の道は自分で切り開きたい」という気持ちがあったんだと思います。うちの父は、あまり「ああしろ」「こうしろ」と言う人ではありませんでした。単に「赤信号は渡ってはいけない」ではなく「赤信号を渡ればケガをすることがある。ルールを守らなければ自分に責任がふりかかる」というように、ルールそのものではなくルールの本質を教えるような感じで。「その責任を理解したうえで、しっかり自分で判断しなさい」という環境で育ってきました。そういう意味では、すでにある組織に入って、誰かの舵取りに身を任せるというのは性に合わなかったんでしょう。

数ある業種の中で、なぜ不動産会社を?

創業以前は不動産物件の管理を行う会社に勤めていたため、不動産業ならその経験が活かせると考えました。さらにその中でも賃貸業は、「住空間を扱う」という非常にシンプルでわかりやすい仕事。そこが僕にとっては大きかったですね。

創業当初、どういった点で苦労しましたか?

あんまりしんどいと思ったことはないですね。いや、あったのかもしれないけど、しんどいのが当然と思っているのかもしれません。自分でハードルを立てて、自分で乗り越えていくわけですから。力不足で思い通りに行かないことなんていくらでもあります。それは今も同じ。でも、そこで悔しさを感じるからこそ、バネとなって次に活かされるのだと思います。創業当初で言えば、金融機関からの資金調達がうまく行かなかったことが最初の壁ですね。不動産を扱うには、そういった協力をいただくことが欠かせないんですけど、最初の2、3年はまだ信用が不足している状態でしたから。今のようにお付き合いいただける状態になれたことは、ひとつのターニングポイントだったと思います。

どういったことが転機となったのでしょう?

創業当初は賃貸業からスタートしました。その後、それに付随して賃貸仲介業や管理業をはじめたことが転機だったかもしれません。それまでは入居者募集を外注していたのが、自分たちでできるようになった。自社で物件の購入から入居者募集・建物保守管理のすべてができる。これらが物件の質を高めることにつながり、周りの信頼をいただけるようになってきたんだと思います。

これまでの10年:【現在】たとえ失敗したとしても一度やれば忘れない

この10年を今振り返ってみて、いかがですか?

もともとは2人で立ち上げたおおきにビル(旧 フィート)ですが、賃貸仲介業のスタートをきっかけにどんどん人が増えていきました。最初は自分の力を試したいという想いでしたが、たくさんの人間で事業を進めることのパワーにも気づくことができました。振り返ってみれば、自分ひとりの力というのは、すごく小さいものだなと常々感じさせられます。もしかしたら自分ひとりの成功よりも、大勢の仲間とともに成功の喜びを共有できる今の方が、達成感は大きいのかもしれませんね。それに取引先、お客様など、非常に多くの方々に支えられていることも忘れてはいけません。柔軟に新しいことに挑戦していきながらも、信頼は絶対に裏切らないという姿勢は、今後も貫き通していきたいですね。

ここまでの経験から、経営哲学のようなものはありますか?

人が「できない」と言うものにこそ、チャンスだと考えます。自分なりにその答を考え、ゴールをめざす中で転んだとしても、何度も新しい道筋を見つけて進んでいくことが大切です。子どもと一緒で、初めてのことは失敗して当たり前じゃないですか。どれだけ確信の持てる答があったとしても、実践ではまた違う景色が見えてくる。だからこそやってみないとわからないし、それに一度やってしまえば忘れないでしょう?
特に今は変化が激しい時代ですから、常に挑戦していかないと置いていかれると感じます。

失敗を当たり前と割り切るのは、なかなか難しいことでは?

僕の場合、趣味のサーフィンが影響しているかもしれません。雨が降ったり、風が吹いたり、せっかく足を運んだのに波がないなんてこともざらにあるし、良い波が来ても未だにうまく乗りこなせないことばかりです。その分、いい波に乗れたときの達成感はそりゃあもう大きいです。「よっしゃあー!乗ったー!」ってなりますからね(笑)。仕事でもそう。今は目先の利益よりも、そうした充実感を求めていきたい想いがあります。

大阪をもっと、笑顔があふれる街にしたい。

これからの10年について、どんなビジョンがありますか?

ちょっと大きな話になってしまうけど、大阪がもっと笑顔の多い街になればという気持ちがあります。そのためには、活気のある街じゃないと。街の価値が高まれば、他業種も含めてみんな底上げされていくと思うんですね。僕らにできることは小さいかもしれないけれど、場所だけは提供できる。たとえば貸会議室やギャラリーだとか。余っている部屋があるなら、タダで提供してかまわないと考えています。本社ビル玄関前のスペースも、誰でも気軽に使えるオープンな場所にしたいですね。そこでお弁当を売ってもらってもいいし、音楽なんかも流せるといい。いっそのこと、オフィス街に唐突に公園を作っちゃってもいいかもしれない(笑)。そういった“場”を提供することで、僕らはもちろん、大阪の人たち同士のつながりがどんどん広がっていってほしいですね。昔の長屋みたいに、何かあれば助け合える関係が広がれば、もっと大阪が住み良くなる。思っているだけでは何も動かないから、誰かが実践しないと。その「誰か」になるのが、これからのおおきにビル(旧 フィート)なんだと考えています。

これからのおおきにビル(旧 フィート)に求めるのは、どんな人物ですか?

目標を持った人に来てほしいというのがまずあります。それから、挑戦していける人がいいですね。その人個人の想いによるチャレンジでもかまいません。僕自身がやりたいことだけをやっていてはダメで、新しい体験をしていかないとバランス感覚がいずれ崩れてしまうと思うんです。先日もやったことがないことを求めてオーケストラを聴きに行ったりしてますし、そういう意味では必死ですよ、僕(笑)。それに僕個人の想いだけでは何もできません。社員一人ひとりが自身の想いを実現していくために意見を声に出せる会社であること。それが組織としての力につながりますし、そこから新しく生まれるものが、きっとあるはずですから。